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《STAY GOLD》女子ラグビー「東京山九フェニックス」特集 – vol.4 / 四宮 洋平

最高の仲間ができるコミュニティー
それがラグビーのカルチャーである。

元日本代表ラグビー選手であり、ニュージーランド、南アフリカ、フランスなど、ラグビーのトップレベルと言われる数々の国でプレーしてきた四宮洋平。2013年に現役を引退し、現在は、女子ラグビーチーム「東京山九フェニックス」の代表・GM・ヘッドコーチを務めている。第2の人生をここに捧げる、その理由を聞いた。

《STAY GOLD》女子ラグビー「東京山九フェニックス」特集 - vol.4 / 四宮 洋平
ヨーロッパ各国で、様々なスポーツのクラブを見てきたり、GMに会って話を聞くなど、現役時代からすでに”クラブ運営”へのアンテナを立てていた。

&FLOW(以下、F):現役引退後に、指導者であるだけでなくクラブ運営という道を選んだ理由を教えてください。

四宮洋平(以下、S):カッコイイことを言えばいろいろありますが、簡単に言うと“ひらめき”ですね。当時の女子ラグビーの状況は、現在のような競技人口が増えて、オリンピックでも周知されるようなスポーツになるなんて誰も思っていなかったので、相当の”覚悟”を持って自分の”ひらめき”を信じてスタートしました。

F:女子ラグビーであることの理由は何かありましたか?

S:クラブのオーナーになることは現役の時からずっと目標にしていたので、その夢が引退と同時に叶えられるならと、女子ラグビーを選びました。
現役時代にヨーロッパ各国でいろいろなスポーツを見ていたので、当時の日本ラグビー界では誰よりも女子ラグビーの可能性を感じていたと思います。
その頃は今よりもっとマイナーな競技だったので、僕をサポートしてくれている周りの人には賛成する人は少なかったのですが、“誰もやっていないから、僕が最初の1人になりたいと思った”ことも決め手のひとつでした。

F:海外のチームでプレーしてきたことが影響していますか?

S:そうですね。昔からアンテナは立てていて、ヨーロッパ生活中にはオフの時にサッカーチームのGMに会ったり、サッカークラブへ遊びに行ったりしていました。オーナーもGMもヘッドコーチも全部できる競技ってなかなかないじゃないですか。
現役を引退してコーチになるという道を選ぶ人が多いかもしれないけど、どこのチームでも契約ありき。2年・3年で結果が出ればラッキーですけど、結果が良くなければそこでコーチのキャリアが終わってしまう可能性もある。
だけど、このチームであればオーナーもGMもヘッドコーチも全部自分でやらなければいけない。本当にゼロからのスタートで学ぶことが多いので、いいチャンスだと思いました。

2005年7人制ワールドカップ香港大会、日本代表としてプレーした四宮さん。この大会では5トライをあげた。
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南アフリカ・ニュージーランドなどでプレイしていた四宮さんは、2007年9月に当時トップウェストAリーグであった近鉄ライナーズに合流し、トップリーグ昇格に導いた。

F:これまで3回に渡りチームメンバーにお話を聞きましたが、皆さん「今(フェニックス)の環境はすごく恵まれている」と。フェニックスの母体は2002年にスタートし、四宮さんが携わった2013年当時はどんな状況でしたか?

S何もないですよ、全くのゼロ。連絡網があったとしても、呼びかけても練習は来ない、練習日もない、組織もない、責任者もいない。チームの名前と協会への登録だけがある、という状態です。当時の女子ラグビーは環境が整っていないチームばかりだったので、ラグビーの文化や夢を持ったクラブを作りたいと思いました。

F:ゼロからの組織作り、現役時代とはまるで違うお仕事は相当大変だったのでは?

S:現役時代からビジネスマインドは割とあったほうかもしれません。スーパー営業マンだった父と、叩き上げで会社を興した祖父の元に育ったので、誰よりも営業マインドは強かったと思います。今、またやれと言われても、もう一回はできないですけどね(笑)。でも35歳くらいでこの経験ができたのは良かったですね。

《STAY GOLD》女子ラグビー「東京山九フェニックス」特集 - vol.4 / 四宮 洋平
10年前は「まったくのゼロからのスタートだった」というフェニックスも、今年は念願のシリーズ優勝を果たした。

F:フェニックスはSNSにも注力されています。10年前のスタート時、《目標フォロワー1万人》を周りには無理だと言われていたそうですが、Instagramのフォロワーは今や4万超です。

S:<10年後こうなっている><いつ何時までにこうなっている>ということを時系列で全て書き出しています。それは小学校の頃からずっとやっていて、書き出したことは全部達成してきました。
今年のフェニックスのシリーズ優勝は、本当はもう少し前に達成する予定でしたけどね。でも、達成するまでやるのが僕のポリシーです。だから今のチームの形も、もちろん計算して作ってきています。

F:現在の形、土台ができてきたのは何年目くらいでしたか?

S:東京オリンピックが近づくにつれ、スポンサー様のサポートが増えてから、飛躍的に伸びました。以前は、潤沢な予算がなかったのでできることも限られていましたが、多くのスポンサー様にサポートいただけるようになってからは、運営にも余裕が出てきて、それまでよりもできることが増えました。例えばどこかに遠征するとか、スタッフを増やすとか、そんな環境が整い始めてから、チームは伸びましたね。

F:チームカラーはどういうイメージですか?

S:選手たちはラグビーだけで生活をしていけないので、真面目にやるだけでは長続きしないだろうなと思いました。
【選手の生活を担保するプロ契約のできるチーム】になれるのか、もしくは、【クラブとしてひとつのコミュニティー】であるのがいいのか。その葛藤はずっとありましたし、ある程度のベースができてきて、【勝つ・勝たないという勝負の世界の土俵に上がった】という局面になった時にすごく考えました。
例えチーム活動が3ヶ月だけになったとしても、メンバー数を絞って今ある資金でプロ契約してラグビーに集中させるのがいいか、今のようにクラブとして年間通じて活動していくのがいいか、というのはスタッフとも議論を重ねました。
結局、【それぞれに学校や職場があり、ここにフェニックスというコミュニティーがある】というのが雰囲気も良く結果も出る気がする、ということで今の形に至りました。

F:選手に中にはスポンサー企業様に社員として所属している方もいらっしゃるとか。

S:今のフェニックスがあるのは、この10年間の間に支えてくださったスポンサー様、今もサポートしていただいているスポンサー様のお陰です。企業によっては選手たちを雇用していただたり、本当に感謝しています。
今年チームが優勝できたことで、少しの恩返しはできたかもしれないのですが、まだまだ頑張らないといけないと思っています。スポンサー様からいただいている沢山のサポートを考えれば、もっともっとお返しをしていかなければいけない。そのことは選手たちとも共有しています。

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現役時代より持っていたビジネスマインドと高いコミュニケーション力を活かし、自らスポンサーの元に足を運び、フェニックスへのサポートを獲得してきた。

F:男子ラグビー界からの転身ですが、女子チームをマネジメントする大変さはありましたか?

S:よく言われているのは、現役でやったことは次のチャプターでは通用しない、ということ。男子ラグビーでも、コーチをやるのに自分がプレーした感覚は通用しない、と。
その点、僕の場合はラッキーでした。自分の感覚とは全く違う、ラグビーボールの扱い方やラグビーの楽しさを教えるところからのスタートだったので、女性のことを学ばなきゃいけない部分はありましたが、逆に良かったですね。

F:今年のフェニックスはシリーズ中に日本代表選手が抜けている中での優勝でしたが、そのチームマネージメントは難しかったですか?

S:僕がマネージメントしたというより、放っておいても選手たちが成長できるようなチームになったんですよ。今回は選手が4人抜けて当然痛かったですけど、抜けるのは予め分かっていたことなので、僕がしたのは多少のポジション変更くらい。
それより、代わりに出場した選手たちが、これまで試合に出られなくても腐らずに頑張ってきてくれたことが大きいです。「絶対に試合に出たいんだ」「出たら代表選手以上に活躍してやるんだ」っていう気持ちが結果に繋がったなと思っています。

F:ラグビーは試合中に監督がベンチにいない、というのが他の競技と大きく違う点ですよね。コーチとして重要なことは何でしょうか?

S:これが全てではありませんが、《シンプルにすること》。自分がプレーしてきた経験上でも、強いチームこそ、役割もミーティングも明確でシンプルでした。そういうチームを目指してきて、今年はやっとできたかなと思います。
シリーズ最後のミーティングでも、選手といいコミュニケーションが取れたし、コーチとしてこういうのが楽しいだなということを経験できました。ちょっとした変更に対して選手たちが対応してくれたり、予期せぬポジションで使ったらすごくいい結果が出たりとか。今年は想像以上のプラスアルファのことが出てきたので、それがすごく面白かったです。

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現在のフェニックスは、練習環境やスタッフなどに恵まれたチームであると選手たちは異口同音に話してくれた。
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ラグビーで培った人間関係が、今の四宮さんのビジネスの礎となっている。
《STAY GOLD》女子ラグビー「東京山九フェニックス」特集 - vol.4 / 四宮 洋平
<最高の仲間と出会える>というラグビーのカルチャーを伝えていく。

F:ラグビーにおける、日本と世界と差はどこにあるのでしょうか?

S:日本にはポテンシャルがあると思っています。しかし、インフラや環境の整備といった課題もある。これは、女子も男子も一緒です。
ラグビー強豪国にいた頃は、ラグビーをもっと身近に感じられたんです。ラグビーの文化として《アフターマッチファンクション》がありますが、それってすごくいいことだと思うんですよ。例えばサッカーはホームとアウェイで分厚い壁があって、アウェイのユニフォームを着てホーム側へは行けない。だけど、ラグビーはイタリアのユニフォームを着てフランスの応援をしてもいい。
だからヨーロッパで人気があるし、それがラグビーの魅力なんです。この辺りの文化や魅力が、日本でまだまだ浸透していない気がします。
ラグビーは激しいコンタクトスポーツだから、ルールを絶対守るという紳士的な側面が大事になる。そして、その中から生まれる〈絶対いい友達できる〉とか、〈ラグビーは紳士のスポーツだからやっているとみんなから一目置かれる、尊敬される〉というような”ラグビーのカルチャー”を伝えていかないといけないと思っています。

F:ノーサイドの精神ですね。

S:僕にはラグビーで培った人間関係が今のビジネスでも活きています。先月は南アフリカ、先週もニュージーランドへ行ってきましたが、着いてからのプランを何も決めていなかったのに、現地に着いたら分刻みに予定が入るんです。
ラグビー場へ行ったら友達がいるし、パブへ行ったら誰かしらに会うし、僕が来ていると知れば「会おうよ」と連絡をくれる。そんな友達がいっぱいいるのは、現役の時からラグビー文化の元でいろんな人と付き合ってきたからなんですよ。引退してもビジネスの話ができるような仲間に出会えるのがラグビー。
だから、僕のような存在が、そのラグビーの文化をもっと伝えていかないといけないと思っています。

F:ラグビーの傍ら、カジュアルウェアのHer Seven(エルセブン)と、ゴルフブランドのHERG1(エルグワン)も展開されていますよね。

S:フェニックスを立ち上げた時、どうしても費用が嵩むところがチームウェアでした。だから、先々を考えたら自社でウェアを作れるようになれれば、というのが最初のきっかけです。
最初はたぶん100社くらいの工場に連絡してトライアンドエラーを繰り返して作っていきました。次に、ちょうどヨーロッパ時代の友達がゴルフウェアをやってみたいと言っていたので一緒にHERG1をはじめました。

F:そのバイタリティがすごい。四宮さんの原動力となっているものは何でしょうか?

S:この会社(Tokyo Athletic United)には3つの柱があります。フェニックス、選手のマネジメント、アパレル。そして、今エンターテインメントという4つ目の柱を作ろうとしているところです。
全てにおいて『スポーツ』が主軸であることはもちろん、その中心にあるのは『フェニックス』です。それをみんなが分かっていて一枚岩で動いています。ハードワークができるのは、僕が代表でその役割だからです。

《STAY GOLD》女子ラグビー「東京山九フェニックス」特集 - vol.4 / 四宮 洋平
<有言実行>の男、四宮さんの視線の先には、世界一のクラブとしてのフェニックスの姿がある。すでに世界進出への第一歩はスタートしている。

F:最後に、フェニックスの未来について教えてください。

S世界一のクラブになるしかないと思っています。日本で一番をキープすることはもちろんですが、その先には世界を見据えています。世界中にフェニックスの姉妹チームを作って、このフェニックスグループが世界中に広まるようにしたいと思っています。
実はその第一歩はすでに動いていて、先日オーストラリア・ブリスベンにチームを作りました。僕はジャック・マー(アリババの起業家)の“思いついたことを今すぐ、直ちにやれ”という言葉が好きなのですが、本当に《誰よりも先にやった者が勝つ》と思うので、《考え出す前にまず動く》。
このブリスベンを皮切りに、ヨーロッパやアメリカ、ラグビーの母国イングランドやニュージーランドでも何かやりたいと思っていて、10年後を見据えて着々とスタートしています。

Profile

《STAY GOLD》女子ラグビー「東京山九フェニックス」特集 - vol.4 / 四宮 洋平

四宮 洋平 / Yohei Shinomiya

1978年生まれ、神奈川県川崎市出身。桐蔭学園中学1年でラグビーを始め、桐蔭学園高校3年時には花園に出場しベスト16入り。その後、関東学院大学に進学し、1年よりレギュラーで活躍。4年連続で大学選手権決勝に進出し、3回優勝。卒業後はヤマハ発動機を経て、ニュージーランド・南アフリカ・イタリア・フランスの海外クラブとプロ契約/12シーズンに渡ってプレー。2003年には日本代表入り、キャップ3を獲得。2005年、香港で行われた7人制ワールドカップでは5トライをあげる活躍。2013年の現役引退後は、東京フェニックスのオーナー/GM/ヘッドコーチを務める。現役時代の主なポジションは、ウイング、フルバック。奥様は、元バレーボール日本代表主将の荒木恵里香さん。カジュアルブランド<Her Seven(エルセブン)>と、ゴルフブランドの<HERG1(エルグワン)>も手掛けている。
・Twitter:https://twitter.com/yohei_shinomiya
・Instagram:https://www.instagram.com/yohei_shinomiya/
・HER ONLINE:https://her-onlinestore.com
・HER7 Online Store:https://her7.shop/


2019年よりクラブのネーミングライツのスポンサードをしている山九株式会社さんに、フェニックスに共感していること、今後の期待などをお聞きしました。

Q1 東京フェニックスに共感したこと、サポートを決めた理由は何ですか?

フェニックスのスポンサードを開始した前年、2018年に当社は創業100周年を迎えました。
100年に亘りここまで事業を拡大することができたのは、お客様をはじめ多くの方からの支えによるものです。そして、次は私たちが支える番ではないかと気がつきました。
そのようなタイミングで、フェニックスさんと知り合う機会があり、話を伺うと女子ラグビーの活動環境は厳しく、国内外で活躍する選手が在籍するにも関わらず、経済的な理由から競技に専念することは難しい状況ということが分かりました。
そこで社会貢献や女性活躍推進という目的の下、サポートをさせて頂くこととしました。

Q2 周りの方々(社員の方、お取引先など)からの反応を教えてください。

現在、5名の選手をアスリート社員として雇用しております。社内でも徐々に顔が知られるようになっています。ここ最近はコロナの影響もありできておりませんが、以前は大人数で観戦し、これまで女子ラグビーは勿論、ラグビー自体を見たことのない社員たちも一緒になって応援し、社内の一体感醸成に一役買っていると思います。
また、昨年はオリンピック、今年はW杯と大きな大会が目白押しで社内の注目を集めています。彼女達のスポーツマンシップにのっとった行動は、現場視察や訪問時に挨拶がきちんと出来、笑顔が素敵、礼儀正しいと評判が良いです。

Q3 今後の東京フェニックスに期待することは何ですか?

今期、太陽生命セブンズで初の総合優勝となり大変うれしく思っています。今後も国内は勿論、海外でも多くの実績を積んでいって頂きたいと思っております。また、できる限りケガをされず元気にプレーをして欲しいです。
現状は、社内安全ポスター等に登場してもらい安全啓蒙にも一役担ってもらっています。今後は、当社の社会貢献活動、女性活躍についてもご協力をしてもらい「東京山九フェニックス」メンバーとの交流を通じて、フェニックス、女子ラグビー、当社の認知度向上に加え、チームとその選手の更なる活躍に期待しています。

山九株式会社
https://www.sankyu.co.jp


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東京山九フェニックス

東京山九フェニックス

2013年に設立された女子ラグビーチーム。
チームメンバーは仕事や大学での勉強をしながら、ラグビーと向き合っている。当時は練習場所もなく、渋谷区にある小学校の校庭を借りて練習を実施していた。現在は、神奈川にあるグラウンドを使用しているが、設立当初よりチームの拠点は常に渋谷区としている。
常に最先端の情報や文化を発信し続ける、ダイバーシティーの街「渋谷」。チームスピリットとして、「ダイバーシティーの街、渋谷発のデュアルラグビーチーム」として、新しい女子スポーツ文化を創造し、渋谷から世界へ女子ラグビー文化を発信していく。チームの母体は2002年に作られていて、来年で20周年を迎える。
15人制においても、7人制においても、日本代表選手を常に輩出している。監督は元日本代表選手の四宮洋平。
2019年度より、山九株式会社がネーミングライツスポンサーとなり、<東京フェニックス>から<東京山九フェニックス>に名前を変更している。

東京山九フェニックス 公式アカウント
・HP:https://rc-phoenix.com 
・Twitter:https://twitter.com/tokyo_phoenix
・Facebook:https://www.facebook.com/tokyophoenixrc
・Instagram:https://www.instagram.com/tokyo_phoenixrc


  • Photo / Sachiko Fujiwara
  • Interview / Kazuhiro Matsushita(Comprime)
  • Text / Mayu Suzuki
  • Art Direction / Shinya Okada(Comprime)
  • 記事を書いたライター
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Kazu

Kazu

Creative Director

松下和裕 / 横浜生まれ・鎌倉在住。長年、ストリートからハイエンドファッション、ライフスタイル、ビーチカルチャーまで様々な雑誌の編集長・副編集長を務める。現在は、Web&動画も含めた幅広いコンテンツを手がける。趣味は、サーフィン・アメ車・革ジャン・音楽・ワンコ。

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