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ベルギー1部リーグSTVVのCEO立石敬之が目指す場所は? / Vol.3

サッカーベルギー1部リーグ、シント=トロイデン(STVV)のCEOであり、明治安田生命J1リーグのアビスパ福岡の副社長を兼務、2022年9月からJリーグ「フットボール委員会」の委員も務める立石敬之氏。その多角的な立場から、世界における日本サッカーの現在地を俯瞰で捉えられる希有な存在と言える。
元選手、元指導者として、そして現在は経営者としての豊富な経験を元にした貴重なインタビュー。今回がいよいよ最終回。

Vol.03

今後の日本のサッカークラブの<あり方>を
欧米のスポーツビジネスを参考に広い視野で考えたい

&FLOW(以下、F):若い世代のサッカー選手が海外クラブへ移籍する場合、アスリートとしてのスキル以外に語学力などのコミュニケーション能力やメンタリティの強さも必要ですか?

立石敬之(以下、T):正直、言葉はこっちに来てからでもなんとかなるものです。それよりもメンタリティのほうが重要ですね。海外へ行くといろんなことでくじけそうになるんです。周りに友達もいないし。その点では冨安(健洋/現アーセナルFC所属)はすごかったですね、全くブレなかった。遠藤(航/リバプール所属)もそうだったし、最初の海外移籍からどんどんステップアップしていく選手はみんな覚悟がしっかりしていたと感じます。逆に、とにかく海外移籍することが夢でしたという選手だと大体が厳しい結果になるんです。

F:サッカー選手に限らず海外に進出して働く日本人ビジネスマンのメンタリティにも通じるのでは?

T:それは面白い指摘ですね。たしかに日本企業は海外ではすごく評価が高くて信頼もされていますが、それは組織として素晴らしいということであって、個人としての顔はなかなか見えてこないというか。経営者もそうです。たとえばテスラやアマゾンなどは経営者自身がSNSでどんどん発信して、企業全体だけではなく個人としてもその顔が見えています。
対して日本は、世界的な一流企業であっても、その経営者となると海外では認知度がかなり低くなる。たとえ雇われ社長であっても、リーダーの顔が見えてこないというのは企業としてはどうなのかなと。リーダーのサジ加減ひとつで企業は変わるし、どの方向にも行ってしまう。リーダーをスターにさせる環境が欧米の企業にはあるんです。

F:企業の中で求められるリーダー像も日本と欧米では大きく違うということですか?

T:<経営者も社員も一緒になってやっている>というのが日本の企業の美学になっていて、そこが海外の企業からすると信頼感や安心感に繋がっているわけですが、欧米の企業では個人で野心がある人、個性が強い人がリーダーとして求められます。社員一人ひとりの評価基準も日本とはだいぶ違いますから。野心があるリーダーだからこそクセのある社員たちを束ねられるし、業績や組織を飛躍させられるという考え方です。

F:海外クラブの経営をしてきた中で、欧米のスポーツビジネスやマネージメントの特徴はどんなことだと感じていますか?

T:グローバルな視点で分析してみると、まずはヨーロッパと北米(アメリカ、カナダ)では決定的な違いがあることが分かります。ヨーロッパでは個人のエモーショルなところが大きく影響していて、クラブのオーナーがポンと大金を出してとにかく勝ちたい、自分の名誉のため、もしくは街のために戦うんだという傾向が強いです。だから、下部カテゴリーに落ちるくらいなら経営者はどれだけ赤字を増やしてもテコ入れするし、ファンは暴動を起こしてでも要求する。また、どんなに論理的な説明をして効率がいい経営方法を提案しても、「地元のクラブなのだから、とにかく地元の選手だけで戦って欲しい。それでダメなら3部に落ちたって構わない」と言われるケースもあります。

F:北米のスポーツ界はどうですか?

T:日本人の僕ら以上にスポーツマネージメントにおいてロジカルです。ファンドの国なので、経営陣は投資家に損をさせないことを重要視するからです。リスクを削ってもっと多くの投資を呼び込むために、選手を含めてエンターテインメントの一環としてチーム運営をしようという意識が強いですね。スタジアムの作り方をみても、北米ではグラウンドへの選手入場口の近くにわざわざVIPルームを作って選手たちを間近で観せたりします。ヨーロッパでは、試合はあくまでも戦いだからファンは一切近づけません。
また、北米のプロスポーツリーグの考え方の根本には、<競争力の均等化>というものもあります。リーグに1部2部なんて作らないし、降格制度もありません。MLBでは新人ドラフトで最下位のチームを優先させたりして戦力をなるべく均等にしようとしますよね。対してヨーロッパでは、各リーグの下位チームが降格する制度が必ずあり、カテゴリーによって放映権料などが変動することもあって、降格を阻止することがクラブにとっての最重要タスクになるんです。欧米のスポーツビジネスやマネージメントを学ぼうとする人には、最初にこうした違いをきちんと理解しておかなければならないとよく言っています。

F:ビジネスマーケットとしての違いもありますか?

T: 北米地域のスポーツクラブは、国内市場の規模が大きく、放映権収入も多いので選手に年俸を10億、20億と払うことが可能です。お金が十分回り、マーケットが地域エリア内だけでほぼ完結しているんです。
対してヨーロッパのスポーツ界では、イタリアでもフランスでも国内市場だけでは経営が成り立たないクラブが多いです。ではなぜあれだけ盛り上がり続けているのかと言えば、例えばイングランドのプレミアリーグでは、総収入の約40%がアジアから入っています。要するに市場を世界規模に拡大して、自国以外からお金をどんどん稼いでくるのです。
少し話が逸れますが、とあるヨーロッパのハイブランドのスカーフは実は日本で作られていて、同じ工場、同じ材料、同じ織り方であっても日本ブランドの製品なら3万円で売られ、ハイブランドのロゴとデザインになれば数十万円の値段でも売れるわけです。極端な話、ヨーロッパ人は何も持ってなくても魅せるのが上手い(笑)。日本人はモノづくりには非常に長けているけれど、ブランディングが下手ということなんです。

F:国内マーケットがさほど大きくないJリーグがさらに発展していくためには、今後はヨーロッパのマネージメントの特長を取り入れる必要があるのでしょうか?

T:日本もここしばらくは国内企業に元気がなくなってきているので、Jリーグもそろそろ海外の資本を入れないといけない段階に来ているのかなと思います。そうしないとヨーロッパの5大リーグに追い付くのは難しいです。イタリアのセリエAではスポンサーが国内企業だけなんてクラブはないですし、オーナーもほぼアメリカの企業です。ベルギーの1部リーグも7割のクラブがオーナーは海外企業ですし、プレミアリーグもそうです。海外の人々が欲しがるものを生み出すのに長けているヨーロッパのクラブや企業のブランディングの上手さなど、分析して取り入れるべき点は多いと思います。

F:そうなると、選手や指導者の強化だけでなく、クラブの経営やマネージメントに関わる人材の育成も大切になってきますよね?

T:その通りだと思います。サッカー選手たちも、最近は海外移籍も含め将来へのビジョンをしっかり持っている選手が多くなっていると思います。現役を終えたセカンドキャリアでも、監督やコーチだけでなく、企業の経営者やユーチューバーとかいろんな方向性を考えるようになったと感じています。あと数年もしたら、僕のように海外のサッカークラブのCEOをしている日本の元サッカー選手がもっと増えているかもしれませんね。

F:立石さんの人生におけるモットーのようなものは何かありますか?

T<動>と<2面性>というのが自分の人生での指針になっています。僕は長崎・国見高校の出身で小嶺忠敏監督の指導を受けたのですが、小嶺さんは<動>という言葉を信念のように抱えて、自分から積極的に行動して勉強し、新しい知識を得ていくようにしていました。静岡県勢や埼玉県勢がすごく強い当時の高校サッカー界で、九州の片田舎の学校が全国の頂点に立つために絶えず動き続け、それを実現させた。<動>は僕自身を支える、とても大切な言葉になっています。
もうひとつの<2面性>は、例えば絵画を見るとき、離れてみるとすごくきれいだと思えても、近づいたら表面が凸凹していてあまりきれいじゃないと思えたりする。サッカーの試合でも選手側とレフリーではプレーのジャッジが異なることがしょっちゅうある。物事には必ず2面性があって見方によって違う気づきがあるはずだと。経営においても、2面性の上に自分の立ち位置を踏まえて判断を下すようにしています。部下たちにも「全てのタスクや課題に2面性があるから、両方をしっかり検証した上で取り組むようにしなさい」と言っています。

F:最後の質問です。自分の人生でサッカーに関するキャリアをもう一度やり直せるとしたら、選手と経営者のどちらを選びますか?

T絶対に選手です。現役時代のあの場面で、ああしておけばよかったなあなんてことは今でも思ったりしますから(笑)。選手たちをどう輝かせようかと日々考えている経営者としてのキャリアも自分の人生において大切なものですが、スポーツの主役はやはり選手であり、ファンが求めて、何度も見たいと思うのは選手ですから。今でも選手っていいなと羨ましく思ったりしますよ(笑)。

Profile

立石敬之
シント=トロイデン / CEO
1969年7月8日 / 54歳 / 福岡県出身。長崎・国見高校時代に国体で優勝、ブラジルやアルゼンチンへの海外留学の後、ECノロエスチ(ブラジル)、ベルマーレ平塚、東京ガスFC、大分FC / トリニータなどで選手として活躍。その後、エラス・ヴェローナや大分トリニータ、FC東京にてコーチ、強化部長などを歴任し、2015年からFC東京GMとしてチームの強化に尽力。2018年よりベルギー1部のシント=トロイデン(STVV)のCEOに就任。

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Kazu

Kazu

Creative Director

松下和裕 / 横浜生まれ・鎌倉在住。長年、ストリートからハイエンドファッション、ライフスタイル、ビーチカルチャーまで様々な雑誌の編集長・副編集長を務める。現在は、Web&動画も含めた幅広いコンテンツを手がける。趣味は、サーフィン・アメ車・革ジャン・音楽・ワンコ。

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