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プロサーファー&俳優の2刀流で脚光を集める新世代アスリート 平原颯馬

メジャーリーガー大谷翔平の活躍によって、一躍脚光を浴びたアスリートの2刀流。”天は二物を与えず”とも、”努力と信念が二物を与える”のではないか。
特集企画『Two Way Player / Two Way Style』では、様々なフィールドで存在する2刀流アスリートに、その<信念>を聞く。
第一弾は、プロサーファーとして俳優として活躍する平原颯馬のインタビューをお送りする。

プロサーファー&俳優の2刀流で脚光を集める新世代アスリート 平原颯馬

コンテストが大好きな茅ヶ崎のキッズサーファー

サーフィンのみならず、スケートボード、スノーボードをはじめとするアクションスポーツと言われるジャンルは、<競技なのか?スポーツなのか?ライフスタイルなのか?>といった議論が昔から度々巻き起こる。そもそもこれらのジャンルでは、競技・コンテストありきではなく、あくまで<FUN(楽しい)なもの)>として誕生している。
しかし、2021年東京オリンピックでは、サーフィンやスケートボードが初めてオリンピック競技として採用され、多くの新世代アスリート達が活躍した。彼らは、<アクションスポーツとコンテスト云々>といった答えのない議論を通過せず、コンテストを自己表現の場として楽しんでいる。そして、今回紹介する2刀流アスリート、プロサーファー平原颯馬も、8歳で始めたサーフィンが本格的な楽しくなったのは、地元のサーフィン大会のキッズ部門にエントリーしてからだったと言う。

プロサーファー&俳優の2刀流で脚光を集める新世代アスリート 平原颯馬
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サーフィンを始める前からスケートボードをやっていました。父親がやっていたので。その内、一緒にスケボーをやってた友達がサーフィンをするようになって、僕も始めたんですけど、全然波に乗れないし、楽しくないし、好きじゃなかったです。
でも、少しずつ乗れるようになった小学校3年生の頃にエントリーした大会で、ファイナル(=決勝ラウンド)まで残れたんです。それがうれしくて、もっと頑張りたいなと。そこからですね、サーフィンにどっぷりハマったのは。

身近にいる先輩プロサーファーに憧れ、当たり前のようにプロサーファーを目指す

平原颯馬が育った湘南・茅ヶ崎エリアはキッズサーファーが多く、同世代で切磋琢磨しながら、10代でプロになるサーファーも少なくない。平原颯馬も15歳でJPSA(日本プロサーフィン連盟)のプロ資格を獲得している。

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サーフィンを始めてからもスケボーもやってたんですが、プロになりたいのはスケボーじゃなくて、サーフィンだったんです。小学校高学年の時には、サーフィンを仕事にしたいなと思っていました。
僕より9〜10歳年上の先輩サーファーの大橋海人くんとか湯川正人くんが大好きで、彼らが出ているDVDもよく観ていたし、そんな人たちが同じ海、間近にいる。そして、その憧れが自然とプロサーファーになりたいという思いに繋がったんだと思います。

プロサーファー&俳優の2刀流で脚光を集める新世代アスリート 平原颯馬

しかし、平原颯馬がプロサーファーになるまでの歩みは、すべてが順調だったわけでもない。小さな挫折も味わっている。小学校6年時に、NSAの全日本選手権への出場を逃した時は、彼を応援する家族全員が相当な落ち込みだったという。15歳でプロ資格を取ってはいるが、同級生サーファーがもっと早い段階でプロになるのを横目で見て、大きなプレッシャーも感じていた。本当にプロになれるのか?という不安もあったという。

家族の反対を押し切ってプロサーファーになるために選んだ通信制高校

プロサーファー&俳優の2刀流で脚光を集める新世代アスリート 平原颯馬

平原颯馬のサーフィンライフには、両親の大きなサポートがあった。そんな中でも高校進学時には、サーフィンに集中するため通信教育の高校に行きたい平原と、普通の高校に通って欲しい母親の間で、何回も話し合いが持たれた。

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オヤジは、サーフィン業界の人間ではないし、仕事をしながら、趣味で波乗りするサーファー。そういう意味で、本当に普通の家庭に生まれて、普通に育っているから、母親としては高校にはちゃんと通って欲しいと。正月にはおじいちゃんやおばあちゃんもいる家族会議で、いっぱい厳しいことも言われ…。
でも、最終的には、オヤジが自分の好きなことをやれと言ってくれました。通信の高校を選んだことで、しっかり他人よりサーフィンを練習する時間も確保できたし、その結果15歳でプロになることができたので、その選択は間違っていなかったなと思っています。

プロ資格を獲得し、大会で賞金を得るということで、自分がプロサーファーであるという実感は持っていたものの、本当の意味で【プロの自覚】を持ち始めたのは、その通信制高校を卒業した時だった。

試合向きの負けず嫌いの性格。世界ジュニア大会で金メダル獲得!

プロサーファー&俳優の2刀流で脚光を集める新世代アスリート 平原颯馬

中学を卒業し、高校に入る前のバリの大会でJPSAのプロ資格を取得後、約1年間、平原颯馬はプロサーキットに参加せず、NSAの大会にエントリーし続けた。それは、ISA世界ジュニアサーフィン選手権に出場するためだ。
目標通り、2018年10月にカリフォルニア・ハンティントンビーチで開催されたISA世界ジュニアに、U16日本代表として出場した平原は、国別団体で金メダルを獲得。

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自分が足を引っ張らないで良かったーという感じです(笑)。基本サーフィンは個人種目なので、なかなか団体戦を経験することもないですし、貴重な大会となりました

8歳の時、初めて大会のエントリーした時から、“試合が好き”という気持ちは、プロになっても全く変わりはない。

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戦うことが好きなんだと思います。そして、すごく負けず嫌いです。
大会で、試合に勝ってラウンドアップしていくのが一番気持ちいい。試合に負ければ、“もうサーフィンしたくない”って言うぐらいのひどい落ち込み具合。でも、ご飯食べて寝てしまえば、次の日には“やっぱりサーフィンを頑張らないと!”ってなるんですけどね(笑)

この圧倒的な<負けず嫌い>の性格が、平原颯馬をサーフィンの世界だけでなく、別のフィールドにも導くことになる。


プロサーファー&俳優の2刀流で脚光を集める新世代アスリート 平原颯馬

平原颯馬

Profile
2002年生まれ、神奈川県出身。9歳からサーフィンを始めて、15才でJPSA(日本プロサーフィン連盟)のプロ資格を取得。高校2年生からプロサーファーとしてサーキットを回る。
2018年世界ジュニア選手権日本代表、カリフォルニア・ハンティントンビーチで開催されたWorld Junior Surfing Championshipで、国別団体で金メダルを獲得。2021年度サーフィン強化指定選手に選定。2020年から、タレント、モデル、俳優としても活躍。
スポンサー / クイックシルバー、オークリー、ステイシーサーフボード、スタンス、横浜トヨペット(U-BASE SHONAN)

https://www.instagram.com/soma_hirahara/
https://www.youtube.com/channel/UC4zG-hxj2XXu0XKIWTP482A


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Kazu

Kazu

Creative Director

松下和裕 / 横浜生まれ・鎌倉在住。長年、ストリートからハイエンドファッション、ライフスタイル、ビーチカルチャーまで様々な雑誌の編集長・副編集長を務める。現在は、Web&動画も含めた幅広いコンテンツを手がける。趣味は、サーフィン・アメ車・革ジャン・音楽・ワンコ。

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