林道、砂利道、登山道など、トレイル(=未舗装路)を走る、トレイルランニング。
ゴールドウインで社員として働く傍ら、ひたすらに山に入り山道を走り続けている村井絢子さん。アメリカの「The Top Hardest 200s」と呼ばれる200マイル(約322km)超えのトレイルレース3戦を1年間で完走し、見事トリプルクラウンの称号を獲得。
ちなみに、アメリカ在住ランナー以外でトリプルクラウンを達成した人はほとんどおらず、日本人女性としても初めて、という快挙。
もともとは運動が苦手だったという彼女を魅了する「トレイルランニング」とは何か?話しを聞いた。
&FLOW(以下、F):アメリカのレースに出場し帰国したばかりということですが、いかがでしたか?
村井絢子(以下、M):ユタ州・モアブというエリアで、240マイル(約385キロ)のレースを完走することができました。モアブは完全に砂漠のような気候で、昼間は刺さるほど日差しが強い灼熱地獄、夜間は高所では氷点下、ずっと硬い岩場を進むコースは、日本では経験しえない変化に富んだ環境で、またそれは身体に大きな負荷がかかる過酷な条件でもありました。
言葉では言い尽くせぬ苦しみがあり、わたしが生きてきた中で最も痛くて苦しいと思えるほどの時間が何度もあり、好きなことをやっているはずなのに苦しすぎて何度か涙が溢れた瞬間もありました。
完走できたことが信じられませんし、完走しても達成感や喜びといった感情はあまり湧いてこず、「無」というのが今のわたしの気持ちを表している言葉かなと思っています。
F:そのモアブのレースを含め、この1年間で200マイル超えのアメリカのトレイルレースを3本完走し、日本人女性初のトリプルクラウンを達成。おめでとうございます。
M:ありがとうございます。今年はモアブレース以外に、6月にはカリフォルニア州・タホ湖の周りで206マイル(約330キロ)、8月にワシントン州で209マイル(約337キロ)のレースを走りました。
いつかは挑戦したいと思っていたトリプルクラウンでしたが、今年遂に叶えることができました。これまで何度も、そして沢山の方から「なぜそうまでして走るのか?」という質問をされました。ずっと「わからない」というのが私の答えでしたが、このトリプルクラウンの挑戦を終えてからずっと考えてきて、やっとその答えを言語化できた気がします。
<まだ会ったことのない自分に会うため>ですかね。
言語化してみたら、なんだかものすごくカッコつけてる感じになってしまいましたけど(笑)。
F:今回の240マイル(385キロ)という距離は、何日間くらいでどのように走るのでしょうか?
M:今回は、5日にまたがって走りました。睡眠はトータルで11時間くらい、実際に走っている時間は84時間くらいでした。
私の場合、100キロを超えるまで(大体20時間くらい)は睡眠をとらずに進みます。大会ではエイドステーションという休憩所が点在していて、そこで水分や食料を補給します。大会によっては、予め必要物資を入れたドロップバッグを預け、エイドステーションにデポしておいてもらえることもあります。
100キロを超えてからは、エイドステーションに入る度になるべくパックを下ろして横になる、30分〜1時間くらいの睡眠を挟みながら進みました。
比較的コンパクトにまとめた荷物とは言え、背負っている荷物は数kgはあります。荷物を背負ったままの状態を続けることで、両手が腫れ上がり激痛で使えなくなるという不調を過去の200マイルレースで経験したので(後に通院しましたが、原因は不明。おそらくリンパの流れの不具合だろうという医師の見解でした。)、たとえショートステイでもこまめにパックを下ろすようにしました。
ランナーによって休憩の取り方やスケジュールの組み方は違いますが、今回のレースでは、予め自分で計画した行程表を元に取り組みました。
普段は、タイムスケジュールに縛られているような気持ちになるのもいやなので、長距離レースであってもそんなに緻密に行程表は作らないのですが、今回私が走ったアメリカのレースはどれも昼夜の寒暖差が大きく、どのドロップバッグにダウンやフリースなどの防寒着を入れておくかが非常に重要だったので、細かい行程表を作成して挑みました。
F:20時間寝ずに走る…、想像を超える世界です。大会にはどのくらいの頻度で出られているのですか?
M:最も大変と言っても過言ではないのが睡魔のマネジメントで、走りながら寝落ちしそうになった香港のレースでは、山から滑落しかかったこともあります。ただ徹夜するだけでもハードだと思いますが、身体を酷使している状況なので、その疲労感はかなりの極限状態ではあります。
今年は200マイル(約322キロ)超えのレースを3本走りましたが、常に長距離を走っているわけではなくて(笑)。国内で50キロ以内のレースを走ることもあります。トレイルランニングの大会はここ数年ですごく増えているので、いろいろな選択肢があります。多い月だと月に2〜3本のレースを走ることもあります。
F:月に2〜3レースとは、かなり頻繁ですよね。大会に出る理由は何かあるのでしょうか?
M:競争自体は特に好きではないですし、友達と山へ走りに行くことも楽しいですが、レースはイメージとしては観光ツアーに申し込むような感覚ですかね。
プライベートでの山行では全ての行程を自分で計画する面白さがありますが、レースだとエイドステーションが定期的に設置されていたり、スタッフさん達の目が入っていて道しるべもあったりと、ある程度守られた環境とも言えるので、自然の中でも自分自身の力を出し切ってクタクタになるまで挑戦できる面白さがあるなぁと思っています。
F:他にもいろいろスポーツがある中で、トレイルランニングを続けている理由は?
M:超長距離レースの最中は楽しいと感じる時間よりも苦しいと感じている時間の方が長いかもしれません。でも、山を走っていて極限状態になった時、雑念が全て消えて感覚がシンプルになるのかな。
その時に見た景色の感動が深く心に残っています。もう1回あの感覚であの景色を見たい、というのがベースにあります。
最初の頃は「ちょっと痩せたね」って言われるのが嬉しくて、それが何よりのモチベーションでしたけど(笑)。
あとは純粋に、「自分がんばった!」って自分を褒めてあげられる瞬間が、私にとっては唯一トレイルランニングだけなんだと思います。
F:大自然の中で生死を賭けているような?
M:「生死を賭けている」とはちょっと大げさな気もしますが(笑)、「もう限界だ・・・=生きている!」と 感じているのかもしれないですね。先日のレースも200キロ後半くらいになってきて、血液や循環器系の不調、内臓のダメージを体感することがありました。筋肉が酸欠で痺れている感じとか、水を飲んでも飲んだそばから排尿されてしまって身体に全然吸収されずに脱水症状が進んでしまったりとか…。
超長距離レースになると、そういう身体の変化が起こったりします。毎回、自分で人体実験しているような気分ですね。
それでも、苦しくて泣くような状況を経験しても、途中で止めるという選択肢が頭に浮かんだことは一度もありません。私にとってトレイルランニングは、もう生きる一部なんだと思います。
F:最後に、トリプルクラウンを達成した感想を改めて聞かせてください。
M:この挑戦に際し、初めは一度会社を辞めようと考えていました。年間の有休日数の範囲内で挑戦できるし有休取得は社員の権利であるとは言え、組織の中でチームで動いている業務を自分都合で連休を何度も取ることに申し訳ない気持ちしかなかったからです。
挑戦したいことがあって会社を退職するか、退職しなかったとしても休職するかを考えている、と人事部長と事業本部長に相談したところ、「有休を取っていってきたら良いよ!」と言ってもらい、拍子抜けしてしまいました(笑)。
現場の仲間たちからも大きな協力と応援をしてもらいました。この達成は、わたしの走力うんぬんではなく、周囲の人たちの寛大な理解と協力があってのこと。感謝しかありません。
今は、新社会人になってから定年退職するまでの時間に、仕事以外にもいろいろなことを選択したり挑戦したりできるような時代になってきているのかなと思います。みんなが、いろいろ選択したり、挑戦したり、やりたいことを全部詰め込んで欲張りに生きることができるよう、わたしも仲間を応援していきたいと思っています。
2023/01/23 追記
トレイルランニング・ウルトラマラソンのニュースを発信する「DogsorCaravan(https://dogsorcaravan.com/)」にて、村井絢子さんをゲストに”トリプルクラウン達成”についてのインタビュー動画が公開されておりますので、ご紹介いたします。
Run the World, by DogsorCaravan
- Yotube チャンネル
https://www.youtube.com/@Dogsorcaravan - Anchor.fm
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https://podcasts.apple.com/jp/podcast/run-the-world-by-dogsorcaravan/id1473087546 - Spotify
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Profile
村井 絢子 / Ayako Murai
1982年生まれ、北海道出身。
2008年より株式会社ゴールドウインの社員として、ザ・ノース・フェイスやC3fitの企画を経て、現在はダンスキン事業部でMDを担当している。
Photo / Junji Moroi (Rooster)
https://www.rooster.vc/artist/photographer/junji-moroi/
Interview & Text / Mayu Suzuki
Art Director / Kazuma Higuchi (Comprime)
Special Thanks / GOLDWIN (https://www.goldwin.co.jp)