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ベルギー1部リーグSTVVのCEO立石敬之が目指す場所は? / Vol.2

サッカーベルギー1部リーグ、シント=トロイデン(STVV)のCEOであり、明治安田生命J1リーグのアビスパ福岡の副社長を兼務、2022年9月からJリーグ「フットボール委員会」の委員も務める立石敬之氏。その多角的な立場から、世界における日本サッカーの現在地を俯瞰で捉えられる希有な存在と言える。
元選手、元指導者として、そして現在は経営者としての豊富な経験を元にした貴重なインタビュー。今回は、vol.2を紹介する。

Vol.02

多くの選手のステップアップを見てきた
CEOが考える日本人の海外挑戦

&FLOW(以下、F):STVVに多数所属している日本人選手たちに対して、地元のファンはどのような印象を持っているのでしょうか?

立石敬之(以下、T):100年の歴史があるクラブでファンの全体数は少なくても、チーム成績に対する期待とプレッシャーは当然あります。そんな中、冨安(健洋/現アーセナルFC所属)をはじめこれまでに入団した日本人選手たちが、試合で活躍したり移籍金をもたらしてくれたりして、クラブに良い影響を与え続けてくれています。
事実、以前は数シーズンに一度は2部に降格し、しばらくしてから再び1部に戻ってくるような“典型的エレベータークラブ”でしたが、6年前に僕が就任してからは一度も降格していません。日本人選手も毎年活躍して、今ではファンクラブとのミーティングでも、「日本人選手は何人でも連れてきていいよ」と言われるまでになりました。

F:今後は、リーグ優勝を目指すためにさらにチームを強化していくのですか?

T:もちろん優勝できたらそれは素晴らしいことですが、現在のクラブのバジェットからすると、とにかく2部に降格しないようにシーズンを戦い抜くことが最優先で、地元のファンもそれを第一に願っています。「1部に居続けさえすれば、優勝争いは別にできなくてもいい」というのが本音です。
というのも、うちのクラブの選手は1~2シーズンで移籍することが多く、毎年半分くらいの選手が入れ替わるので、チームとしての積み上げ、ビルドアップというのがなかなかできないからです。Jリーグでは高卒や大卒の若手が2~3年かけてレギュラーポジションをつかみ、そこからチームを強くしていくやり方を採っていますが、STVVの場合はそうはなりません。6年間で監督も私が解任したのは一人だけで、あとは全員自分で辞めていきました。選手も監督もコーチも、他のクラブからもっと高い評価、条件がもらえればどんどん移籍していきます。

F:自分のキャリアをステップアップさせる場として捉えているんですね。

T:メンバーがどんどん変わっていく中でもチームが優勝できるまで強くするのであれば、クラブのバジェットが今の3~4倍にならないと厳しいと思っています。毎年優勝争いに絡むようなクラブになると、<試合で若手選手を優先的に使う>ということはできなくなります。チームの成績が上がらないのに若手選手にチャンスをあげようなんてぬるいことは絶対にさせてもらえません。
小さな街で、ファンからのプレッシャーもそれほど強くなくて、「毎年優勝争いをしろ」とは言われない。クラブが100年続いていると皆その辺はよく分かっていて、1部リーグの中位にいれば十分ハッピーです。僕がCEOに就任してからは、選手や監督がどんどん入れ替わっても6年間ずっと1部にいるので、相応の信頼感は得られていますし、ここ2~3年は地元のファンとの関係もすごく良くなっていると感じています。

F:クラブとして地元のファンの方々とはどう接しているのでしょうか?

T:ファンからの成績に対するプレッシャーは少ないとはいえ、クラブに対する愛情はとても強いです。この前もシント=トロイデンの市長とファンクラブの中心メンバーとともに、“クラブとして今後も変えてはいけないもの”を列挙した宣誓書にサインしました(笑)。チームのロゴやカラー、ホームタウンの考え方など7つくらいの項目でしたが、要するに<STVVは常にローカルとともにあり、地域やファンのものである>という内容でしたね。ファンミーティングの開催回数は、Jリーグのクラブよりもだいぶ多いはずです。隔月に1回程度をベースに、僕が出る大きなミーティングも年2回やっています。さらに年間チケットを持っているファンとゴール裏で観戦するファンでは別々に開催して、それぞれから丁寧に意見を聞くようにしています。
もうひとつ、これはファンではなく、クラブの社員に対してのことですが、コロナ禍でチームの収入が大きく落ち込んだ時、ベルギーでは経営側が社員への報酬を6~7割しか支払わなくてもよく、残りの報酬分は国が補填するという特別措置が採られていました。でも、STVVは国からの補填を全く受けずに、社員の報酬を全額自分たちで支給し続けました。それが全国ニュースにも取り上げられましたね。赤字も作ったし大変でしたが、こういったクラブの姿勢が評価されて、地域からの信頼も勝ち得たと思っています。

F:シュミット・ダニエル選手や橋岡大樹選手ら現在8名の日本人選手が所属するSTVVは、日本での認知度も年々高くなり、日本人のファンも増えているのでは?

T:6年前は<STVV>の名前が全然知られていなくて、<シント>と省略されて紹介されることもありましたが、日本向けの地道なブランディング活動と日本人選手の活躍によってだいぶ変わりましたね。最近は「STVVはなんでリーグ優勝できないの?」と言われるようにもなってきました。うれしいことですし、我々も優勝したい気持ちはもちろんあります。これからチームの戦力強化に資金をもっと投入して本気で優勝を狙うのか、それとも今まで通り成績的には1部の中位を目標にリーグを戦いながら、ステップアップの場としての機能を優先するクラブであり続けるのか、経営的にはその岐路に立っている感じです。

F:若手選手のステップアップと言えば、最近は優秀な高卒選手がいきなり海外のプロサッカークラブと契約するケースが増えていますが、それをどう考えていますか?

TJリーグ側の立場で言えば、若い選手がJリーグを経ずに海外に行ってしまうのは残念です。Jリーグがヨーロッパの5大リーグに追い付き追い越せと目指していく上では、各クラブの移籍金収入というのが今後さらに重要になってくるからです。
クラブとして若い世代の選手を育成する機会が失われ、移籍金が稼げずに、タレントが直接海外に行ってしまうのは、各クラブの育成環境を発展させる上でも、日本全体のサッカー界としても、やはり良くないだろうと思います。さらに言えば、若手選手を育成するコーチングスタッフの育成や底上げも進まなくなりますから。

F:Jリーグ側でない、選手の立場からするとどうでしょう?

T:選手経験のある僕としてはJリーグを経ずに海外に挑戦したい彼らの思いは十分理解できるし、決断を尊重します。高校世代のトップタレントが海外のビッグクラブに直接入って、そこからどんなキャリアを積んで、どういった成長曲線を描いていくかを注視し続けようと思っています。ただ、僕は久保建英を育成世代の頃に海外から日本のFC東京に連れ戻した張本人なので、そういう意味ではJリーグクラブの育成力には自信を持っています。でも、Jリーグが世界の5大リーグのレベルにまで上がろうとするなら、Jリーグ全体として変えていかなければならいことがまだまだあるはずです。

F:それはどんなことでしょうか?

T指導する側が自分たちのやっているフットボールのスピード感、インテンシティと呼ばれるプレー強度が世界に対して足りているのかということ常に考えなければならないと思います。最近、Jリーグの8月開幕への移行が取り沙汰されていますが、それによって真冬にも試合が実施されればインテンシティが上がって選手の強化にも繋がるだろうし、ヨーロッパとシーズンが揃うことで日本人選手の海外移籍もしやすくなります。ヨーロッパのクラブはリーグ開幕直前の6~7月あたりが資金を最も多く持っていて、日本でリーグ戦が終わる12月の頃にはシーズンの予算をほぼ使い切っている状態です。だから、もし8月開幕になればクラブの移籍金収入がもっと上がると思います。

F:他にも何か課題や改善策はありますか?

T:個人的にはプロサッカー選手としての最初のキャリアにおいては、2シーズン60試合くらいに出場して経験を積んでほしいと思っています。ただ、<トップオブトップのアスリート>であれば高卒1~2年目からでもJリーグの試合にコンスタントに出られるでしょうが、そうではない選手のほうが大半なわけで、彼らをどこでどう鍛えるかが大きな課題だと言えます。
STVVが獲得する日本人の若手選手は、Jリーグクラブで既にレギュラーとしての実績があり、オリンピック代表に選ばれるようなクラスが中心ですが、これからは公式戦にあまり出られていないような若い選手たちが海外で実戦を積み重ねて鍛えられるような、新しいシステムや環境を作って提供することを考えていかなければと思っています。ここベルギーでも1部ではレベルが高いので難しいですが、2部や他のもっと小さい国のリーグならできるはずです。あくまで個人的な意見ですが、Jリーグの資本も活用した新しい育成制度ができたらいいなと思っています。

Profile

立石敬之
シント=トロイデン / CEO
1969年7月8日 / 54歳 / 福岡県出身。長崎・国見高校時代に国体で優勝、ブラジルやアルゼンチンへの海外留学の後、ECノロエスチ(ブラジル)、ベルマーレ平塚、東京ガスFC、大分FC / トリニータなどで選手として活躍。その後、エラス・ヴェローナや大分トリニータ、FC東京にてコーチ、強化部長などを歴任し、2015年からFC東京GMとしてチームの強化に尽力。2018年よりベルギー1部のシント=トロイデン(STVV)のCEOに就任。

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Kazu

Kazu

Creative Director

松下和裕 / 横浜生まれ・鎌倉在住。長年、ストリートからハイエンドファッション、ライフスタイル、ビーチカルチャーまで様々な雑誌の編集長・副編集長を務める。現在は、Web&動画も含めた幅広いコンテンツを手がける。趣味は、サーフィン・アメ車・革ジャン・音楽・ワンコ。

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