一般社団法人 天王洲・キャナルサイド活性化協会
品川区・天王洲。東京モノレールの天王洲アイル駅の南口を降りてすぐの場所に一風変わった建物が佇んでいる。壁一面にカラフルなアート作品が描かれた、倉庫のような空間。アート作品は内部の壁にも描かれ、その奥にはなぜかバスケットゴールが設置されている ─
その名は「アイルしながわ」。昨年10月10日、京浜運河沿いの清掃作業所跡を利用して、品川区がオープンした。スポーツ選手やアーティストなどに活動の場として提供し、文化・スポーツを起点とした街の賑わいを創出していくことを目標としている。特に力を入れるのは「パラスポーツ支援」だ。東京2020大会のレガシーの継承として、パラスポーツを中心とした人々の交流の場を目指している。
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「アイルしながわ」は日本のパラスポーツをどのように変えていくのか ─ 施設の管理運営を受託する天王洲・キャナルサイド活性化協会 事務局長 和田本聡さんをはじめ、品川区で東京2020大会の準備に携わった辻亜紀さん、シドニーパラリンピック男子車椅子バスケ日本代表キャプテンを務め、「アイルしながわ」のヘビーユーザーでもある根木慎志さんに話をきいた。
一般社団法人天王洲・キャナルサイド活性化協会
事務局長 和田本 聡
品川区文化スポーツ振興部スポーツ推進課長
辻 亜紀
シドニーパラリンピック男子車いすバスケットボール
日本代表キャプテン 根木 慎志
── 「アイルしながわ」はどのような経緯で誕生したのでしょうか
(和田本)
私が所属するキャナルサイド活性化協会自体は、水辺とアートで街を活性化しようということで2015年から活動をしてきました。「キャナルフェス」や「アートモーメント」「アートフェスティバル」といったお祭りを開催し、人々の交流の場を作ることで街を活性化させるイベントを開催しています。
そのなかで、品川区から「パラスポーツを中心とした街のにぎわいの拠点となる場所を作る」という話を伺ったのが「アイルしながわ」に携わるきっかけです。
品川区は元来「スポーツを通じた共生社会」の実現を目指し、長らくパラスポーツ支援に取り組んできていますから、基本的な下地はできていました。ただ「支援」はできていても本当の意味でも「共生」に至るにはまだ道のりがある。イベントで障害者の方が利用しやすい席を作る、というようなことはできても、一緒に同じ空間を作っていくような、混ざり合った取り組みは、まだ未開拓でした。しかし、天王洲という場所を活性化させるうえで、障害者の方と共に過ごせる場所を作ることはなくてはならないと思い、「アイルしながわ」に関わってきました。
(辻)
品川区は、視覚障害の選手がプレイする「ブラインドサッカー」のワールドグランプリの開催を、2018年から3回実施しました。天王洲公園で開いた大会は、天王洲の地域企業様から多大な支援を頂きました。そして徐々に人気が高まり、客席がいっぱいになるようになったんです。有料開催にしてもお客さんは入り続け、パラスポーツ自体の価値が上がっているのを感じます。
このように地域とパラスポーツの結びつきを強めることには成功しているものの、今まで品川区はパラスポーツの練習に貸し出しできるようなスポーツ施設が十分ではありませんでした。例えば車椅子で転ぶと大きく傷がついてしまうため、なかなか一般のスポーツ施設での併用は難しかったんです。なんとかパラスポーツの方も気軽に利用できるような施設を持てないか、という思いもあり「アイルしながわ」の立ち上げにつながりました。
東京2020大会に向けて、品川区は数々の取り組みを実施した。
「パラスポーツ」の立ち位置はどのように変化したのだろうか。
── 品川区は、東京2020大会に向けて、試合の観戦やアスリートの講演会など、パラスポーツ関連のさまざまなイベントを積極的に開催してきました。こうした取り組みを通じて、パラスポーツの受け止め方に変化はあったのでしょうか?
(根木)
パラスポーツというものに対する受け止め方がだいぶ変わってきたな、というのは肌で感じます。東京2020大会が掲げた理念の一つに「多様性と調和」がありますが、パラリンピックではまさにこのテーマを体現できたのではないでしょうか。
最初のころは観にきてくださる人には「なんだかよくわからないけど、障害者の人たちが頑張っている」という感覚が強かったと思います。けれどそういう人たちがいつのまにかリピーターになっていました。先ほどのブラインドサッカーの話にもありましたが、有料開催でもお客さんが入るということは、パラスポーツがスポーツ興行としてしっかりと価値を認められたということです。
── 根木さんはご自身でも車椅子バスケをプレーされますが、パラスポーツの魅力はどこにあるのでしょうか
(根木)
まず一つ言えることは、パラリンピックは障害者だけのものではありません。例えば、車椅子に座ったポジションからスリーポイントシュートを決めた瞬間を見た時、誰でも驚きますよね。その瞬間「車椅子に乗っているからスポーツなんてできないんじゃないか」という自分のなかで勝手に作っていたバイアスが壊れるんです。そこから、パラ選手はすごい、人間はすごい。そして見ている自分たちもみんなそれぞれにすごい能力を秘めているんだ、というふうに思える。そういう形でパラスポーツから熱狂を生み出していけることが、魅力の一つだと思います。
東京2020大会に向けて、パラスポーツは確実に品川の街に根づいていった。
「アイルしながわ」がオープンして約4ヶ月。
この施設を舞台にパラスポーツと地域との交流は進んでいるのだろうか。
(辻)
まさにスポーツを通じた交流を目にする出来事がありました。
先日根木さんが「アイルしながわ」を利用された際に、ちょうど練習に来ていたスタンディングバスケのチームのメンバーと、いつのまにか車椅子バスケをプレイされていたんです。
こういう形での交流が実現したのは、根木さんのお人柄も多分にありますが、パラスポーツ団体にも一般の方にも貸し出しをしているこの場所ならではのことだと思います。
(根木)
スタンディングのバスケットボールであれば、公園のバスケットゴールで初めて会った人と3on3をやってみる、なんてことがありますよね。でもそういう場所に、車椅子の人が急に混ざれるかというとやっぱり難しいです。
けれど「アイルしながわ」ではその関係が逆になります。まず車椅子でバスケをやっているからこそ、スタンディングバスケの人が来て一緒にやってみよう、という選択肢が生まれるんです。
── まさに「アイルしながわ」だからできる交流の形ですね
(根木)
人と人の交流だけでなく、スポーツとアートの交流もあります。今後、施設の利用が進むとアートイベントに来た人が車椅子バスケを体験してみる、なんてこともあるかもしれません。
こんなふうに、スポーツをする場所とアートが共存している場所は、海外でもなかなかありません。
僕はこの施設をまだ計画中の時に、パラアスリートの観点から意見を聞いて頂いたのですが、その時から「アイルしながわ」の文化とスポーツを融合するというコンセプトはとても面白いなと思っていました。それこそまさに「多様性」です。
「アイルしながわ」は中の壁にもアート作品が描いてありますよね。初めてここに来た時、壁画をみてすごく気持ちが良いなと思いました。こんな素敵なアートがある場所でスポーツができる環境はほかにありませんから、すごく嬉しいです。
バリアフリーのトイレもあるし、何より空間が良い。車椅子バスケ業界は「アイルしながわ」というすごい場所ができたぞと、今ざわついていますよ。
(和田本)
アートと多様性の関係は意識しています。壁画のタッチも、水墨画風やアニメテイスト、グラフィティチックなものなどさまざまなジャンルを描いて頂いています。
天王洲・キャナルサイド活性化協会はこれまでアートによる街の活性化に取り組んできましたが、その中でもアートの定義は曖昧だと思います。どんなものでもアートになり得る。そう考えると「アイルしながわ」が目指すスポーツとアートの融合は、活動そのものがアートになるかもしれません。
無限の可能性が広がる「アイルしながわ」
今後はどのような利用を想定しているのだろうか。
(和田本)
現在は、パラやそれ以外のスポーツの練習場として、またアートイベントやマルシェの会場としてご利用頂いています。そういった利用ももちろん継続しつつ、今後はレギュレーションに合うのであれば、スポーツの大会を開いても面白いかもしれません。「アイルしながわ」の床はコンクリートですが、パワーリフティングなどは床がコンクリートの方が良いと聞いています。
また演劇の公演や、YouTubeの撮影にも使って頂きたいです。現在も、オーケストラの練習に使用されている方もいらっしゃいます。
この例に限らず、色々な方が色々な発想で自由に使っていただければ嬉しいです。
(辻)
体育館とも、競技場とも、美術館とも違う、新しい概念で「人が集まって楽しむ」場所になれば良いですね。
地域を元気にするような活動をしている方々には誰でも使って頂きたいです。
── パラスポーツにとってはどのような場所になっていくでしょうか。
(辻)
パラスポーツを社会に浸透させるきっかけの場所になるのではないでしょうか。
2012年のロンドン大会では、パラスポーツは世界でも日本でも大きな盛り上がりを見せ、ポジティブにとらえられるようになりました。けれど、社会にパラスポーツが溶け込んだかというと、そこまでは達成することができなかったという反省があります。
(根木)
補足すると、ロンドンパラリンピックでは、『Meet The Superhumans』というプロモーション動画が話題を呼んだんですよね。パラアスリートを「Superman」つまり「超人」と捉えて、身体能力の高さや苦境を乗り越える力を表現した映像です。それまで障害を描くことをタブー視する雰囲気があったなか、あえて正面から描くことで、パラアスリートが文字通り超人的な能力を持っている「すごい人なのだ」ということを世界中に気がつかせました。アスリートの知名度は無名の状態から飛躍的に向上しました。しかし、大会がピークで、それ以降の障害者の理解には繋がらなかったんです。
(辻)
だから「アイルしながわ」は、パラリンピックで生まれた共生社会の理解や人と人とのつながりを残していける場所にしたいと思います。
(根木)
東京2020大会では、パラスポーツが人間のすごさに気がつかせてくれる、前向きな気持ちを伝えられるものだ、ということを知らせることができました。「アイルしながわ」は大会で広めることができた気づきを、今度は目の前の人と人との間で生かしていく、そういう場所ですよね。
(和田本)
最終的にはパラスポーツを通さずとも、障害者と健常者が普通に一緒にいられる空間を天王洲から作っていきたいです。当初はここまで大きな理想から設計した施設ではありませんでした。しかし自然とどんどん可能性が広がっていった。それだけ今度の社会に対して需要のある場なのだと実感しています。
オープンから約4ヶ月。「アイルしながわ」には、すでに活気が満ちている。
今後どのような新しい活動が生まれていくのか目が離せない。
出典:PR TIMES STORY https://prtimes.jp/story/detail/arl7yWtqLmx